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男聖女は痛みを受け付けたくない
男聖女は痛みを受け付けたくない
作者: 月歌

第一話 残り物の契約

作者: 月歌
last update 最終更新日: 2025-02-08 15:32:37

◆◆◆◆◆

30代後半の疲れ気味なサラリーマン、山下遥は、目の前の光景を呆然と見つめていた。

何がどうなってこうなったのか――理解はしている。だが、納得は到底できない。

遥は、数人の女子とともに異世界へと召喚された。

しかも、「聖女」 という肩書きを与えられ、王国の命運を左右する魔王討伐に関わることになっている。

召喚された場所は、乙女ゲーム『☆聖女は痛みを引き受けます☆』の世界。

遥は、このゲームをプレイ済みだった。

乙女ゲームと銘打たれているが、その実態は RPG部分は妙に作り込まれていて、まるで作業ゲーのようにアイテムを集めなければならない。

敵の魔王は圧倒的に強いが、特定のアイテムを全て揃えれば簡単に倒せる仕様になっている。

問題は、その アイテム収集に膨大な時間がかかる ことだった。

情報を集め、ダンジョンを探索し、一つずつ揃えていかなければならない。

まるで作業ゲーのようなプレイ感 で、ゲーム部分だけ見れば妙に完成度が高かった。

だが、ここまでがピークだった。

魔王討伐を終えると、ようやく恋愛ゲームが始まるのだが――

肝心の恋愛部分は手抜きで、頑張った報酬がしょぼい。

どのルートを選んでも、似たような展開で、最後には必ずハッピーエンド。

ライバルとの駆け引きもなければ、バッドエンドもない。

攻略対象ごとの個性は薄く、スチルはやる気のない塗り絵のようなクオリティ。

結果、ゲームとしては 「クソゲー扱いされている」 というわけだ。

遥はゲームをクリアした経験があるからこそ、この世界のことを知り尽くしていた。

そして何よりも――

「コナリー・オブライエンとは絶対に契約したくない」

これだけは、遥が強く望んでいたことだった。

聖女の役目は、契約相手の傷の痛みを共有し、離れた場所から癒やすこと。

そのため、契約相手の選択は 「いかに安全な相手を選ぶか」 にかかっていた。

聖女たちは召喚された後、教会に閉じ込められ、「聖女の訓練」 を受けることになった。

その中で、契約する騎士や王族たちの特徴を教えられ、彼らの戦闘スタイルや役割について学ぶ時間が設けられていた。

そして、聖女たちは当然のごとく、最も安全な相手を選ぶよう指導された。

王子や魔法使いといった 戦闘にあまり関わらない攻略対象 が人気となり、聖女たちはこぞって彼らを選んでいった。

そして、教会の関係者が 「絶対に選ぶな」 と言わんばかりに語ったのが、王国一の騎士 コナリー・オブライエン だった。

彼は 戦場の最前線 に立ち、敵の攻撃を受けながら戦う。

味方を庇い、自らを犠牲にすることも厭わない。

それどころか 「戦闘狂モード」 に入ると、痛みをものともせず戦い続け、HPが残りわずかになっても攻撃を止めない。

――彼と契約した聖女は、確実に地獄を見る。

当然、聖女たちは全員が彼を避けた。

遥もまた、彼との契約だけは 絶対に避けよう と思っていた。

なにせ、ゲームをクリア済みだからこそ、コナリーがどれほど 痛みに鈍感で、戦闘狂なキャラ かをよく知っていたのだ。

だが――

「男である」 というだけで、遥にはそもそも選択権がなかった。

王子や魔法使いたちは、当然のように 「女性の聖女」 を選んでいき、遥は候補にすら入らなかった。

結果として――

王子や魔法使いは女子聖女を選び、遥とコナリーだけが取り残された。

「……あー、やっぱりこうなるよな」

心の底から落胆しながら、遥は目の前に立つコナリーを見上げた。

「私と契約を交わしてくれますか、聖女?」

低く落ち着いた声。

騎士としての誇りを感じさせる堂々とした態度だが、その瞳の奥には、契約相手を選ぶ余地がないことを悟ったような諦念が見え隠れしていた。

遥もまた、選択の余地がなかった。

「……騎士のコナリー・オブライエン、貴方と契約を交わします。俺のことは、ハルと呼んでください。貴方が魔王討伐より無事にお帰りになることを、心から祈っております」

契約の儀式が執り行われ、神官が呪文を唱える。

聖女と騎士の魔法契約が結ばれた瞬間、遥の体に鈍い痛みが走った。

まるで、どこか遠くで誰かが怪我をしたかのような感覚。

「……うわ、これが契約の証かよ」

だが、その痛みは 「契約の証」 に過ぎなかった。

次の瞬間――

コナリーは 無表情のまま、突然自分の剣を抜いた。

「……え?」

何が起きたのか理解する間もなく、鋭い刃が彼の腕を切り裂く。

鮮血が甲冑の上を滴り、空気を張り詰めたものに変えた。

「ぎゃああああああああああ!!??」

転げ回ったのはコナリーではない。

遥だった。

痛い。めちゃくちゃ痛い。尋常じゃなく痛い。

傷が広がる感覚がそのまま伝わり、身体中の神経が焼け付くような衝撃に襲われる。

「なるほど、確かに痛みは共有されているようですね」

遥の苦悶をよそに、コナリーは冷静に腕の傷を見つめていた。

―― 聖女になった異世界生活、最悪の幕開けだった。

◆◆◆◆◆

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